my little pleasure

ハロー!プロジェクトに関するメディアチェックなどの活動記録です。マイペースにささやかに。

モーニング娘。10期メンバーオーディション 雑感

モーニング娘。10期メンバー「元気印」オーディション募集開始!
10期オーディションの開催が決定したそうですね。
個人的には、この増員があくまで現状維持の一環なのか、それとも積極路線転換の一環なのかに関心があります。どのようなコが入ってくるのかは後者の場合のその先の話ですね。

(1) 現状維持の一環の場合
あくまで現在の活動範囲は変えずに、メンバーの頭数を増やすこと、またはメンバーを入れ替えることによる新鮮さアップで既存客の繋ぎとめを行うための増員。

(2) 積極路線転換の一環の場合
モーニング娘。はメジャーアイドル時代に、あれダメこれヤダと活動範囲を著しく狭めてしまいました。ライバルがいないときはそれでよかったのですが、マイナーアイドル転落後に再度活動範囲を広げたいと考えはじめたけれども旧体制では広げることができないという状態に陥っているのかもしれません。そこで考えられる解消手段はメジャーアイドル時代を知るメンバーの割合を減らすこと…あれダメこれヤダと言わないメンバーを増やして、何でもやるグループに変わることで、やっと他のアイドルと同じ土俵に立つことができるわけです。9期増員、10期増員、その先の増員が段階的にそれを狙ったものかどうかですね。

9期増員の時は(2)の確率が3%程度と考えていましたが、この短いスパンで10期増員の話が出てくるとなると、(2)の確率も10%程度はあるかなと若干期待度が増しているのですが、ただ「収支面」「メンバーのモチベーション」の二点に問題がなければ基本的に(1)の現状維持路線を変える必要性はアップフロント側にはなく、その場合は現在の狭い活動範囲が維持されるので、10期新メンバーがいかに魅力的であってもそれが外に伝わることもないため、こちらや一般層にはあまり関係のない話ということになります。もっと多数の新メンバーを擁して幅広く活動してより多くの魅力をアピールしているグループアイドルが今の時代には存在していますしね。

ETC :::2011/5/8:::

ハロショ訪問

近くに寄ったついでに久しぶりに渋谷店をのぞいてみました。
平日昼間でしたが客が10人くらいいてちょっと驚いた。通常どれほどいるのかわからないけど、もし常時これくらい利用者がいるなら、良くも悪くもハロプロは今のままで安泰か。
あと12/15の卒業公演の亀井絵里・ジュンジュン・リンリンのソロコーナーの衣装が展示されていました。間近で見ると随分精巧な作りで、たった一回・一曲のためにこれだけのものを作っているんだなぁ、という当たり前のような感想と同時に、表面全体に縫いつけられている大量のスパンコールが逆に宴の後感を引き立たせていてより感傷的になったり。もうはるか過去の出来事のような気がする、まだ一ヶ月半しか経っていないのに。

ETC :::2011/2/3:::

吉川友 ソロデビュー決定 雑感

吉川友 2011年GW公開主演映画『きっかけはYOU!』主題歌で、ユニバーサル ミュージックよりソロデビュー決定! @ハロプロオフィシャル
ユニバーサル ミュージック内 吉川友オフィシャルサイト

思った以上に大がかりな仕掛けが用意されていましたね。
良い点
・新しい試みをしようとしている
なんだかなぁな点
・あいかわらずただ露出させればいい的な発想

もし吉川にそれなりに視聴者に好かれるルックスがあって、タレント力があるなら、アップフロントくらいの事務所が集中的に売り込めば、そこそこの仕事は得られてそこそこの知名度にはなるかもしれないけど、ただ一人で歌って踊って演技しているだけで人気が出るのは、よほどのハイスペックな人だけ。ハイスペックではない人にはハイスペックではない人なりのやり方があると思うんだけどね・・・。仕掛けだけでは一年後には息切れ起こすので、小「真野恵里菜」化が濃厚か。
フタを開けてみたら実はとんでもない魅力を秘めた人だったり、予想外に泥臭く活動しはじめたりなんてことは、・・・まぁ期待しています。

いずれにしても、大勢の女のコがわいわい活動しているのに惹かれるグループアイドル好きには、これでほぼ真野恵里菜と同様に縁のなかった人になってしまったかなと。

ETC :::2011/1/28:::

9期の生年月日

いまさらの話ですが、wikiを見ていて気付いたこと。

譜久村聖(ふくむら みずき、1996年10月30日)
生田衣梨奈(いくた えりな、1997年7 月7日)
鞘師里保(さやし りほ、1998年5 月28日)
鈴木香音(すずき かのん、1998年8月 5日)

鞘師の生年月日が、



1998年!?
5月28日!?

俺がはじめてモーニング娘。を見たポップジャムの公録が1998年5月18日だから、その時はまだ生まれてもいなかったということか!!!
鈴木に至っては、モーニング娘。ファーストライブで俺が渋公ではしゃいでいた時もまだ生まれていなかったということか!!!



こわっ(笑)

3人の卒業は、ある程度距離を置くちょうど良いタイミングだったかもしれない。

ETC :::2011/1/15:::
tags :

高橋愛 秋ツアーをもって卒業を発表

モーニング娘。高橋愛 卒業に関するお知らせ
歌やダンスに関してはハロプロNo.1、というよりハロプロ歴代でもダントツでNo.1の人。それでありながら、タレント力がワーストレベルという、興行さえしっかりできればよいというアップフロントの申し子、「Theアップフロントアイドル」と言ってもよい人でした。
そのため基本的にキャラクター本位で、アイドルには歌唱力やダンス力といったものよりもタレント力を望む私は早い段階で彼女個人への関心を失っていましたが、ただ私にとってのモーニング娘。黄金時代のリーダーでもあり、卒業にはいろいろ思うところはやはりあります。
歌やダンス以外で彼女を讃えるならば、なんといっても分をわきまえていたところ。リーダーを務めていた3年余はモーニング娘。の凋落が加速した時期でしたが、それは長年の事務所のメディア軽視その他のツケによるものなので(彼女にもメンバーの一人としての責任はあるかもしれないが)、そのような中で乏しいリーダーとしての資質でもって慎ましくグループをまとめ上げた点は評価できると思います。

ただ、この発表があったことで今年のモーニング娘。の活動のトピックスは「高橋卒業関連」「9期加入関連」のみであるのがほぼ確定で、期待している本質的な変革が事実上望めなくなったのが残念です。アップフロントの現有パワーを考慮するとその2点でいっぱいいっぱいでしょうからね。
まぁ、たとえ卒業がなかったとしても、それ以上のことをするとも思えませんが・・・。

ETC :::2011/1/13:::
tags :

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 3

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 1
とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 2 の続き

(7) 2005〜 久住小春の登場
スキャンダルが頻発し、いよいよモーニング娘。が衰退局面なのは否めなくなってきた時期です。
2005年5月に新メンバーとして久住小春が加わりました。彼女に惹かれていった経緯は別にまとめていますのでここでは割愛しますが、はじめての、そして後にも先にも唯一のメンバーが登場したこと、そしてもう一点、モーニング娘。の活動量が減少しつつありましたが、それが私自身がフォロー可能な量+αという適量に近づいたことによりこれまでになくグループへの親近感が増して、私にとってのモーニング娘。黄金時代を迎えます。このあと数年が私のファン活動の最盛期でしたね。それだけに、2009年9月19日の久住小春の突然の卒業発表はあまりに衝撃が大きかった・・・。
また久住小春の知名度上昇に伴ってファンサイトの方も予想以上にアクセスされました。メインのブログへのPCからのアクセスだけで150万hit、しっかりカウントしていなかった携帯からのアクセス(後半はPCからのアクセスより多かった)や関連ページへのアクセスを含めると全体でどれだけのアクセスがあったのかよくわかりません。そのような状況で正直後半はあまり思い切ったことが書けなくなってしまいましたが、そういったことも含めてよい想い出です。

(8) 2006〜 国民的アイドルの終焉とAKB48
この時期、グループアイドルの主役交代が近いことを感じさせる出来事がいくつかありました。
印象的だった出来事の一つは、2006年3月に発売された29thシングル「SEXY BOY 〜そよ風に寄り添って〜」。このシングルに「上上(うえうえ)」という台詞と振りがありますが、DJ OZMA氏の「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」と同時期の発売だったにもかかわらずこちらは全く話題にならなかったことで、モーニング娘。が世間に全く関心が持たれていないことを痛感しました。
そしてもう一つ印象に残っているのは、2007年夏に耳にした、AKB48がメンバーを複数芸能事務所に分散して移籍させたというニュース。当時AKB48には大して関心ありませんでしたが、この世界にいると他のアイドルの話題もチェックしていなくてもなんとなく耳に入ってくるもので、グループアイドルの安定活動のキーであるタレントマネジメントに関して、分散・移籍という解でもって問題解決して体制を整えつつあるグループアイドルが既に存在していることを知り衝撃を受けました。この頃にはモーニング娘。はグループアイドルの1強から脱落していると認識していましたが、このニュースで次の1強がもう近くにいるんだなと実感したものです (なお似た形態のアイドリング!!!は特定メディアに依ってる限り1強の芽はないと認識していた)。
と、情況は苦しくなりつつあったものの、この時期も私自身は引き続き満足してファン活動していました。モーニング娘。の活動量はどんどん減少していましたが、久住小春の個人の活動がそれなりにあったためそれも含めると私自身がフォローできる量とほぼ一致していたので不足感もなかったからです。

(9) 2008〜 スタンスの見直し
2008年9月、ついにレギュラー番組であった「ハロモニ@」が終了しました。ここに至り、私がファン活動を開始して以来はじめて、モーニング娘。全体の活動量が私がフォローできる量を下回るという事態に直面しました。このモーニング娘。の供給不足の時代を乗り切るため、スタンスの見直しも含めた様々な方策を考えはじめたのもこの頃です。
2009年4月には深夜枠も「美女放談」となって事実上機能しなくなり、急激にモーニング娘。の活動・情報が減少してゆきました。ところが突然の久住小春の卒業発表があって2009年後半はそれで忙殺されることになります。
そして2010年。すでにAKB48が1強の地位を確立しており、以前とは違ってモーニング娘。側が泥臭く積極的に動かなけれならない状況となったのですが、結果は先の総括にまとめたとおり。
13年間、時間的余力の限りフォローしてきましたが、今回の3人の卒業を機に今後はごく緩くフォローすることにしました。

ETC :::2010/12/31:::

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 2

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 1 の続き

(4) 2001〜 2ちゃんねる時代
2001年はミニモニ。もブレイクし、この頃になるとライブも完全にアリーナ級ばかりとなりました。私もあいかわらずサルのようにライブ通いとメディアチェックしていましたが、とにかくモーニング娘。の活動量は完全にこちらの時間的リソースでフォローできない圧倒的な量で、ファンとしては幸せな時代でしたね。
一方ネットの方では、2000年夏に2ちゃんねるを知りました。情報収集から議論や実況などのコミュニケーションまで全てが一カ所ですませることができる2ちゃんねるは、時間的余力のない身としてはとてもありがたく、2001年に入るころにはネットは2ちゃんねるしか行かなくなってしまいました。
しかしその2ちゃんねるも匿名掲示板の宿命で2003年頃になるとコミュニケーションが成立しなくなってきました。ファンの画一化によるコメントの陳腐化も著しく、また現場で2ちゃんねる用語が聞かれはじめた(=そういう人たちも使いはじめた)のもこの頃で、徐々に足が遠のきはじめ、2003年末頃には2ちゃんねるの残された唯一のメリットである速報性を利用するだけとなり、現在に至ります。

(5) 2002〜 ライブ参加回数の抑制
2002年には松浦亜弥がソロツアーをはじめました。当時アリーナ級ばかりだったモーニング娘。と比べて、松浦はホールなので席もステージに近く、おまけにチケットも取りやすかったので、ライブ好きの私はほいほい松浦ライブに通いました。2003年になると更に後藤真希もソロツアーを開始し、こちらも同様にほいほい通うようになり、さすがにこの頃になると、ライブ三昧すぎてライブに惰性で通うようになっているのではないか?と思いはじめました。
そこで「1回1回の公演の価値を落とさない範囲で、出来るだけ多く参加するにはどうしたらよいか」を考えた結果、
・基本的に1日1公演にする
・ツアーが終わった時に、もうちょっと見ておきたかったなと少しだけ飢餓感を感じる回数に抑える
という大まかな方針を立てて2004年から実行しました。これにより右肩上がりだったハロプロライブ参加回数もこの2003年がピークで2004年以降はほぼ一定数に落ち着くことになりました。また、ここで回数を抑えたために今もハロプロ公演を飽きることなく楽しめているのではないかとも思っています。

(6) 2004〜 ブログ時代
モーニング娘。がおとめ組・さくら組に分かれて活動を行ったりしていた頃、そろそろファンと世間との温度差を微妙に感じはじめたりもしましたが、モーニング娘。の活動量はまだまだこちらがフォローしきれないほどの量で、これといった不満もなくファン活動してました。
ネットの方は、2ちゃんねるを止めてしばらくしてまたアウトプットをしたくなり、2004年春からブログをはじめました。はじめはハロプロも含めた身辺雑記ブログでしたが、紆余曲折を経てテーマを絞った方がよいという結論に達してハロプロ専用のブログを2004年11月に立ち上げました。それがこの「my little preasure」です。当初は自分的に重要と思った事柄を書き残しておくメモツール的な使い方でしたが、次第に後々気楽に読み返せるようトピックスを絞って感想を書く形に変わってゆきました。活動の詳細を残すことができて、読み返して思い出したりできるブログは、私のファン活動にとても相性の良いツールで、思いがけず6年間も継続することになりました。
また「my little preasure」が軌道に乗ると同時に、もっとテーマを絞ったブログをやってみたいと思いはじめ、ちょうどその時に新メンバーとして加入してきた久住小春のブログを立ち上げましたが、このことがその後の自分のファン活動に大きな影響をあたえることになります。

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 3

ETC :::2010/12/30:::
∴Recent Entries
∴Categories
∴Archives
∴Other