my little pleasure

ハロー!プロジェクトに関するメディアチェックなどの活動記録です。マイペースにささやかに。

9期の生年月日

いまさらの話ですが、wikiを見ていて気付いたこと。

譜久村聖(ふくむら みずき、1996年10月30日)
生田衣梨奈(いくた えりな、1997年7 月7日)
鞘師里保(さやし りほ、1998年5 月28日)
鈴木香音(すずき かのん、1998年8月 5日)

鞘師の生年月日が、



1998年!?
5月28日!?

俺がはじめてモーニング娘。を見たポップジャムの公録が1998年5月18日だから、その時はまだ生まれてもいなかったということか!!!
鈴木に至っては、モーニング娘。ファーストライブで俺が渋公ではしゃいでいた時もまだ生まれていなかったということか!!!



こわっ(笑)

3人の卒業は、ある程度距離を置くちょうど良いタイミングだったかもしれない。

ETC :::2011/1/15:::
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高橋愛 秋ツアーをもって卒業を発表

モーニング娘。高橋愛 卒業に関するお知らせ
歌やダンスに関してはハロプロNo.1、というよりハロプロ歴代でもダントツでNo.1の人。それでありながら、タレント力がワーストレベルという、興行さえしっかりできればよいというアップフロントの申し子、「Theアップフロントアイドル」と言ってもよい人でした。
そのため基本的にキャラクター本位で、アイドルには歌唱力やダンス力といったものよりもタレント力を望む私は早い段階で彼女個人への関心を失っていましたが、ただ私にとってのモーニング娘。黄金時代のリーダーでもあり、卒業にはいろいろ思うところはやはりあります。
歌やダンス以外で彼女を讃えるならば、なんといっても分をわきまえていたところ。リーダーを務めていた3年余はモーニング娘。の凋落が加速した時期でしたが、それは長年の事務所のメディア軽視その他のツケによるものなので(彼女にもメンバーの一人としての責任はあるかもしれないが)、そのような中で乏しいリーダーとしての資質でもって慎ましくグループをまとめ上げた点は評価できると思います。

ただ、この発表があったことで今年のモーニング娘。の活動のトピックスは「高橋卒業関連」「9期加入関連」のみであるのがほぼ確定で、期待している本質的な変革が事実上望めなくなったのが残念です。アップフロントの現有パワーを考慮するとその2点でいっぱいいっぱいでしょうからね。
まぁ、たとえ卒業がなかったとしても、それ以上のことをするとも思えませんが・・・。

ETC :::2011/1/13:::
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美女学 [モーニング娘。] (11/1/6)

2011/1/6 テレビ東京「美女学」モーニング娘。
9期新メンバー大決定スペシャル。
印象に残ったのは、
(1) 生田が自分のことを「えり」と言ったこと。これは不意を突かれた。先月の今月で “えりも・・・”という自称をまた聞くことになるとは!
(2) 譜久村のルックスをやっとちゃんと見れた。当日は3人に目がいってたのと、他のエッグの子と衣装が同じであまり目につかなかったから、この放送が実質はじめて。まぁ・・・ぶっちゃけいわゆる老け顔^^;だけど、エッグとして3年活動しているだけあって表情の作り方とかすでに安定していて、それと残りの3人はやはりまだ子供顔なので、大人っぽい顔立ちの譜久村を見るとちょっと安心します。
(3) 譜久村も今回の9期オーディションを受けていて、3次で落選していたこと。当日発表があったときに、本人への確認なしで決めていいのか?という疑問がわいたけど、一応これで氷解。
ただ一方で微妙にうさんくささも。譜久村がじゃなくて、決定プロセスが。透明化しろとか、イレギュラーは良くないとか言うつもりはないけど、どうもモーニング娘。オーディションシステムの信頼性をわざわざ損なわせている気がしないでもない。
(4) お披露目の前に3人で神社にお参りに行って、祈願したことを訊ねられて、
生田 “レコ大と紅白に出れますように”
鞘師 “紅白に出れますように”
・・・重いなぁ。
このコたちの明るい未来のためにも、アップフロントにはマジで頑張ってほしいものだ・・・。
鞘師里保 生田衣梨奈 鈴木香音 美女学 2011/1/6

TV > 2011 :::2011/1/7:::
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Hello! Project 中野サンプラザ (11/1/2)

2011/1/2 18:30 Hello! Project 2011 WINTER 〜歓迎新鮮まつり〜 中野サンプラザ

モーニング娘。9期新メンバー関連
・出演ユニットが新曲をひととおり歌った後に、つんく♂氏が登場。まだ現メンバーにも新メンバーを知らせていないし会わせていないと断った上で、「さぁ、新メンバー、出て来いや!」
・今日はホール外の下手側通路が全面封鎖されていたので、誰かが客席後ろから登場する予定なのはわかっていましたが、結果は9期新メンバーのうちオーディションで合格した3人でした。鞘師里保・生田衣梨奈・鈴木香音の順でステージに降りてきましたが、生田はハイタッチに応じたりしてましたね。
・ステージに上がるととりあえずつんく♂氏が現メンバーに挨拶したらと言って、高橋なんかは頭なでなでしてネコかわいがり状態。これはどうなんだろうと思ったけど、まぁいいか。
・3人が簡単な自己紹介。鞘師が「将来はリーダーのポジションに立てるようになりたい」、鈴木が「なるべく早いタイミングでセンターに立てるようになりたい」とか初々しいコメント。あと高橋と鞘師の干支が同じなことが判明(笑)
・ここでつんく♂氏が「3人を含めた写真を眺めていたがどうもしっくりこないと思ったのでもう一人増やします、エッグの子でまだ本人にも言っていません」ということで新メンバーとして譜久村聖を指名。譜久村は泣きっぱなしで、「モーニング娘。に入れるとは思わなかった」というのが精一杯。つんく♂氏も譜久村としか言わなかったので、結局終演後まで下の名前がわからず。
・譜久村を除く3人はそこでいったん退場。譜久村はその後もエッグとして出演。
・ラストのMCで再登場して、その後の「友(とも)」では現メンバーと新メンバーが交互に並んで肩を組んだりして、歌っていました(←一緒にその場にいたという意)。「友(とも)」のあとまたいったん引っ込む。
・そしてラスト曲歌った後に再登場して現メンバーと一緒にお辞儀して退場。

その他、関係あるかもしれないこと
・つんく♂氏が、今後はサークル活動的なことを増やしてゆきたい、みたいなことを言っていた
・ラストのMCのエッグの紹介時に、エッグにチョンダヨンが加わったことを報告

○良かった点
・とにかく初々しい。やはり新メンバー加入による新鮮さ爆発的アップ感は何にも代え難い。ほとんどこれに尽きるといっていい。
・あと何となく3人並んでいる姿にデジャブー感じて、今思い出した。6期3人の加入してきた頃とちょっぴり被る。鞘師・生田・鈴木と並んでいる姿が、亀井・道重・田中と並んでいる姿っぽかった。ほんとうに何となくだけど。

○気になる点
・でも結局、アップフロントアイドルのよろしくない伝統に染まってしまうんだろうなぁという諦念。マイナーアイドルとして活動してこじんまりとしてしまうんだろうなぁという諦念。
・そして、エッグにチョンダヨンが加入したこと。これって、6期の藤本、8期のジュンジュン・リンリンの、非正規ルートで加入した例を踏襲する気まんまんに見えるんだけど。
・あと、直接関係ないけど、つんく♂氏の「今年はサークル活動(云々)」発言。今年も内向きの活動にばかり力入れそうだな。せっかく新メンバーが入ってもそれではね・・・。

◇セットリスト
 オープニングアクト さよなら涙 – 吉川友
M01 3,2,1 BREAKIN’ OUT! – 全員
 MC
 オープニングVTR
M02 ショートカット – スマイレージ
M03 青春のセレナーデ – 真野恵里菜
M04 Kiss Me 愛してる – ℃-ute
M05 ヒロインになろうか – Berryz工房
M06 女と男のララバイゲーム – モーニング娘。
 MC モーニング娘。 9期メンバー発表
M07 浮気なハニーパイ – プッチモニV
M08 GET UP!ラッパー – ZYX-α
 MC 抽選会
M09 DON’T STOP 恋愛中 – あぁ!
M10 CRAZY ABOUT YOU – 新ミニモニ。
M11 絶対解ける問題X=♡ – タンポポ#
 MC
M12 365歩のマーチ – 全員
M13 愛〜スイートルーム〜 – 続美勇伝
M14 SHALL WE LOVE? – High-King
M15 記憶の迷路 – High-King
 MC ハロプロ川柳
M16 Ambitious Girls – 真野恵里菜
M17 夢見る15歳 – スマイレージ
M18 マジカルフューチャー! – Berryz工房
M19 青春ソング – Berryz工房・℃-ute
M20 Danceでバコーン! – Berryz工房・℃-ute・真野恵里菜・スマイレージ
M21 雄叫びボーイWAO!! – Berryz工房・℃-ute・真野恵里菜・スマイレージ
M22 HOW DO YOU LIKE JAPAN?〜日本はどんな感じでっか?〜 – 全員
M23 グルグルJUMP – 全員
 MC
M24 友(とも) – モーニング娘。
M25 青空がいつまでも続くような未来であれ – 全員
end

LIVE/EVENT :::2011/1/3:::
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とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 3

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 1
とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 2 の続き

(7) 2005〜 久住小春の登場
スキャンダルが頻発し、いよいよモーニング娘。が衰退局面なのは否めなくなってきた時期です。
2005年5月に新メンバーとして久住小春が加わりました。彼女に惹かれていった経緯は別にまとめていますのでここでは割愛しますが、はじめての、そして後にも先にも唯一のメンバーが登場したこと、そしてもう一点、モーニング娘。の活動量が減少しつつありましたが、それが私自身がフォロー可能な量+αという適量に近づいたことによりこれまでになくグループへの親近感が増して、私にとってのモーニング娘。黄金時代を迎えます。このあと数年が私のファン活動の最盛期でしたね。それだけに、2009年9月19日の久住小春の突然の卒業発表はあまりに衝撃が大きかった・・・。
また久住小春の知名度上昇に伴ってファンサイトの方も予想以上にアクセスされました。メインのブログへのPCからのアクセスだけで150万hit、しっかりカウントしていなかった携帯からのアクセス(後半はPCからのアクセスより多かった)や関連ページへのアクセスを含めると全体でどれだけのアクセスがあったのかよくわかりません。そのような状況で正直後半はあまり思い切ったことが書けなくなってしまいましたが、そういったことも含めてよい想い出です。

(8) 2006〜 国民的アイドルの終焉とAKB48
この時期、グループアイドルの主役交代が近いことを感じさせる出来事がいくつかありました。
印象的だった出来事の一つは、2006年3月に発売された29thシングル「SEXY BOY 〜そよ風に寄り添って〜」。このシングルに「上上(うえうえ)」という台詞と振りがありますが、DJ OZMA氏の「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」と同時期の発売だったにもかかわらずこちらは全く話題にならなかったことで、モーニング娘。が世間に全く関心が持たれていないことを痛感しました。
そしてもう一つ印象に残っているのは、2007年夏に耳にした、AKB48がメンバーを複数芸能事務所に分散して移籍させたというニュース。当時AKB48には大して関心ありませんでしたが、この世界にいると他のアイドルの話題もチェックしていなくてもなんとなく耳に入ってくるもので、グループアイドルの安定活動のキーであるタレントマネジメントに関して、分散・移籍という解でもって問題解決して体制を整えつつあるグループアイドルが既に存在していることを知り衝撃を受けました。この頃にはモーニング娘。はグループアイドルの1強から脱落していると認識していましたが、このニュースで次の1強がもう近くにいるんだなと実感したものです (なお似た形態のアイドリング!!!は特定メディアに依ってる限り1強の芽はないと認識していた)。
と、情況は苦しくなりつつあったものの、この時期も私自身は引き続き満足してファン活動していました。モーニング娘。の活動量はどんどん減少していましたが、久住小春の個人の活動がそれなりにあったためそれも含めると私自身がフォローできる量とほぼ一致していたので不足感もなかったからです。

(9) 2008〜 スタンスの見直し
2008年9月、ついにレギュラー番組であった「ハロモニ@」が終了しました。ここに至り、私がファン活動を開始して以来はじめて、モーニング娘。全体の活動量が私がフォローできる量を下回るという事態に直面しました。このモーニング娘。の供給不足の時代を乗り切るため、スタンスの見直しも含めた様々な方策を考えはじめたのもこの頃です。
2009年4月には深夜枠も「美女放談」となって事実上機能しなくなり、急激にモーニング娘。の活動・情報が減少してゆきました。ところが突然の久住小春の卒業発表があって2009年後半はそれで忙殺されることになります。
そして2010年。すでにAKB48が1強の地位を確立しており、以前とは違ってモーニング娘。側が泥臭く積極的に動かなけれならない状況となったのですが、結果は先の総括にまとめたとおり。
13年間、時間的余力の限りフォローしてきましたが、今回の3人の卒業を機に今後はごく緩くフォローすることにしました。

ETC :::2010/12/31:::

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 2

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 1 の続き

(4) 2001〜 2ちゃんねる時代
2001年はミニモニ。もブレイクし、この頃になるとライブも完全にアリーナ級ばかりとなりました。私もあいかわらずサルのようにライブ通いとメディアチェックしていましたが、とにかくモーニング娘。の活動量は完全にこちらの時間的リソースでフォローできない圧倒的な量で、ファンとしては幸せな時代でしたね。
一方ネットの方では、2000年夏に2ちゃんねるを知りました。情報収集から議論や実況などのコミュニケーションまで全てが一カ所ですませることができる2ちゃんねるは、時間的余力のない身としてはとてもありがたく、2001年に入るころにはネットは2ちゃんねるしか行かなくなってしまいました。
しかしその2ちゃんねるも匿名掲示板の宿命で2003年頃になるとコミュニケーションが成立しなくなってきました。ファンの画一化によるコメントの陳腐化も著しく、また現場で2ちゃんねる用語が聞かれはじめた(=そういう人たちも使いはじめた)のもこの頃で、徐々に足が遠のきはじめ、2003年末頃には2ちゃんねるの残された唯一のメリットである速報性を利用するだけとなり、現在に至ります。

(5) 2002〜 ライブ参加回数の抑制
2002年には松浦亜弥がソロツアーをはじめました。当時アリーナ級ばかりだったモーニング娘。と比べて、松浦はホールなので席もステージに近く、おまけにチケットも取りやすかったので、ライブ好きの私はほいほい松浦ライブに通いました。2003年になると更に後藤真希もソロツアーを開始し、こちらも同様にほいほい通うようになり、さすがにこの頃になると、ライブ三昧すぎてライブに惰性で通うようになっているのではないか?と思いはじめました。
そこで「1回1回の公演の価値を落とさない範囲で、出来るだけ多く参加するにはどうしたらよいか」を考えた結果、
・基本的に1日1公演にする
・ツアーが終わった時に、もうちょっと見ておきたかったなと少しだけ飢餓感を感じる回数に抑える
という大まかな方針を立てて2004年から実行しました。これにより右肩上がりだったハロプロライブ参加回数もこの2003年がピークで2004年以降はほぼ一定数に落ち着くことになりました。また、ここで回数を抑えたために今もハロプロ公演を飽きることなく楽しめているのではないかとも思っています。

(6) 2004〜 ブログ時代
モーニング娘。がおとめ組・さくら組に分かれて活動を行ったりしていた頃、そろそろファンと世間との温度差を微妙に感じはじめたりもしましたが、モーニング娘。の活動量はまだまだこちらがフォローしきれないほどの量で、これといった不満もなくファン活動してました。
ネットの方は、2ちゃんねるを止めてしばらくしてまたアウトプットをしたくなり、2004年春からブログをはじめました。はじめはハロプロも含めた身辺雑記ブログでしたが、紆余曲折を経てテーマを絞った方がよいという結論に達してハロプロ専用のブログを2004年11月に立ち上げました。それがこの「my little preasure」です。当初は自分的に重要と思った事柄を書き残しておくメモツール的な使い方でしたが、次第に後々気楽に読み返せるようトピックスを絞って感想を書く形に変わってゆきました。活動の詳細を残すことができて、読み返して思い出したりできるブログは、私のファン活動にとても相性の良いツールで、思いがけず6年間も継続することになりました。
また「my little preasure」が軌道に乗ると同時に、もっとテーマを絞ったブログをやってみたいと思いはじめ、ちょうどその時に新メンバーとして加入してきた久住小春のブログを立ち上げましたが、このことがその後の自分のファン活動に大きな影響をあたえることになります。

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 3

ETC :::2010/12/30:::

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 1

別にファンを辞めるわけではありませんが、一区切りとしてここで約13年間の私自身のファン活動について印象的だったこと、転機となったことを中心にできるだけ簡単に振り返ってみようかと思います。

予定
(1) 1997〜 モーニング娘。との出会い
(2) 1999〜 ヲタについて
(3) 2000〜 アップフロント山崎氏

(4) 2001〜 2ちゃんねる時代
(5) 2002〜 ライブ参加回数の抑制
(6) 2004〜 ブログ時代

(7) 2005〜 久住小春の登場
(8) 2006〜 国民的アイドルの終焉とAKB48
(9) 2008〜 スタンスの見直し

(1) 1997〜 モーニング娘。との出会い
ASAYANは好きな番組でほぼ欠かさず観ていたので、1997年春〜夏のロックボーカリストオーディションからリアルタイムで観ていました。ただそのときは番組の企画の一つとして楽しんでいただけで、手売りなどの現場に行こうという気は起こりませんでしたが。
1998年5月、別アーティスト目的でポップジャムの公録に行く機会があり、そこで初めてモーニング娘。を直に観ました。2ndシングル「サマーナイトタウン」を披露した公録で「これがあの「なっち」かぁ」というのがファーストインプレッションでしたが、私がモーニング娘。を歌い手として意識したのはこのときからです。1998年7月12日のファーストライブも迷わずチケットを買って行きました。昼公演は2列目でとにかくめちゃめちゃはしゃぎまくって楽しかった!
それから本格的にファン活動を開始し、ファンサイトの掲示板に書き込みをはじめて、そこの知り合いとイベントに行くようになりました。以後しばらくはファンサイトの掲示板を拠点に活動することになります。

(2) 1999〜 ヲタについて
1999年は福田卒業〜後藤加入〜「LOVEマシーン」ヒットと、シーンが順調に盛り上がりをみせて、私もせっせと現場に通っていました。この頃はライブだけでなく公録に参加することも多かったですね。
ただモーニング娘。の人気が増すにつれて現場で傍若無人に振る舞う人も増えてきました (といってもその後に比べればこの頃はまだかわいいものでしたが)。当時の私には、アイドルを観たり歌を聴きに行くのが目的なのにどうして暴れたり周りの人が迷惑する行動を平気でするのかサッパリわかりませんでしたが、1999年8月27日の千葉市文化会館のライブで突然気がついたのです。この人たちが現場に来るのは自己顕示が主目的なのだと。そして自己顕示が主目的なのだから周りの人に迷惑かけたり引かせたりするのは、それ自体が手段なのだから当然で、その人たちに何を期待しても無駄だと。
結果的にこの時点でそれに気付いたおかげで今日まで現場に通い続けることができました。その後も現場は環境が劣悪化し続け、普通にモーニング娘。を視聴しにきた人を幻滅させて駆逐する一方でしたが、私にはそれは想定内の出来事で、以後大して失望することもなかったからです。

(3) 2000〜 アップフロント山崎氏
「LOVEマシーン」ヒットによりモーニング娘。は最盛期を迎え、ライブ会場もアリーナ会場が増えてきました。私も初の沖縄遠征をはじめとしてせっせと現場に通ったりメディアチェックしたりしてました。
そんな中、2000年4月にはその後後継番組含めて8年半続くことになるレギュラー番組「ハロー!モーニング。」がスタートしたのですが、しばらくしてこの番組に関連して、アップフロントの山崎氏が「サイゾー」誌のインタビューの中で、「今後は創り側となり成長過程ではなく芸を売りにしていく」といった趣旨の発言をしたのです。私がアップフロントの方針にはじめて疑問を感じたのはこのときでした。素人の女のコ集めてきて何言ってるのかと。それならはじめから完成している人を連れてくればいいでしょと。
山崎氏の方針は心構えとしては一見とても立派ですが、素人に限りなく近いアイドルの活動方針としては全く実情と合っておりませんでした。アップフロントはAVEXのような尖った企業ではなかったため、そうは言いつつもその後も成長過程についてはそれなりに売りにしていて、急激な変化がなかったのは幸いでしたが、この方針はその後も生き続けて、次第に興行中心主義と相俟ってメンバーやスタッフが「歌とダンスと芝居をしっかりやっていればいい/やらせていればいい」と都合良く曲解して、バラエティ番組をはじめとするメディアの軽視と、メンバーのトーク力をはじめとするバラエティ適応力の著しい低下を招き、モーニング娘。がつまらないアイドルとなり衰退してゆく遠因となりました。

とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 2
とあるモーニング娘。ファンの13年のファン活動史 3

ETC :::2010/12/29:::
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